受け入れることと、受け止めることは同じではありません。
『Falling Through Saturn』を作っていて、最後に残ったのはそんな感覚でした。
この曲の主人公は、土星を擬人化した女性です。
人を拒まない。
誰かが近づけば受け入れる。
でも、誰も彼女の中にはとどまれません。
惹きつける力は強いのに、相手を受け止める「底」がない。
そんな人物を、土星という巨大なガス惑星から作りました。
楽曲としては『COSMOS The Lost Chronicles』第9弾。そしてMVでは、水星『Mercury Kiss』に続く第2弾です。
この記事では、最初の案から視点を反転し、「空っぽの土星の女」が生まれ、3人の男を落としていくMVになるまでを振り返ります。
- 最初に考えたのは「落ちていく側」だった
- 「土星へ落ちる人」ではなく、「土星のような女」にした
- 美人すぎるのではなく、「拒絶されなさそう」な人にした
- ワンナイトラブに見えて、本人はそれを望んでいない
- 『Hollow Ring』から『Falling Through Saturn』へ
- ベースは落ち続け、ピアノは浮いたまま
- 静かに触れても、優しく抱いても、激しくぶつかっても
- MVでは、音の「落下」を本当に映像にした
- 一瞬だけ生まれる「摩擦熱」も、救いにはならない
- 最後に彼女は、誰にも手を伸ばさない
- 「土星に底がない」は、作品上の比喩
- 完成したサムネでは「受け入れるだけで、何もない私。」になった
- 縦型では、さらに静かな土星になった
- 作った順番を振り返ると、「落下」より先に「空虚」が残った
- まとめ――受け入れるだけでは、誰も残れなかった
- COSMOSを続けて読む
最初に考えたのは「落ちていく側」だった
土星を曲にすると決めたとき、最初に浮かんだのは「落下」でした。
巨大な惑星。
強い重力。
そして、地球のように立てる固体表面がない。
なら、その中へ落ち続ける人間を描けばいい。
最初は、そんな方向から考えていました。
重いベースを下降させれば、音でも「下へ落ちる」感覚を作れます。
その上に、リバーブを深くかけたピアノを浮かべる。
下へ引っ張るものと、空中を漂うもの。
土星の曲として、この組み合わせ自体はかなり早い段階で見えていました。
でも、物語の視点が違いました。
「土星へ落ちる人」ではなく、「土星のような女」にした
途中で、天体擬人化というシリーズの軸に戻って考え直しました。
落下する人間を主人公にするのではなく、歌っている「私」自身が土星だったらどうなるか。
自分は空っぽ。何も軸が無い女。
すべてを受け入れてしまうが、誰も私にとどまらない。
ここで視点を反転しました。
「落ちていく側」から、「落ちていかれる側」へ。
彼女は誰かを突き落としたいわけではありません。
むしろ、来る者を拒まない。
近づいてくれば受け入れる。
それなのに、関係を止めておくための境界線や、自分自身の確かな「地面」がない。
受け入れているのに、受け止められない。
この矛盾が決まったことで、『Falling Through Saturn』の主人公が見えてきました。

美人すぎるのではなく、「拒絶されなさそう」な人にした
土星の女性をどう見せるかも、かなり考えました。
最初から、圧倒的な美女やファム・ファタールにはしたくありませんでした。
むしろ、どこにでもいそうな人。
柔らかい雰囲気で、隙があり、話しかけても拒絶されなさそうな人です。
オーバーサイズの白いニット。
淡い髪色。
大きな装飾ではなく、リングを思わせるピアスやチョーカー。
そして重要なのが瞳でした。
笑うことも、悲しむこともできます。
でも、中心となる表情では瞳の光をかなり弱くしています。
目の前の相手に合わせて微笑んでいるのに、その奥に「私はこうしたい」という強いものが見えない。
計算して男を惹きつけるのではなく、自分がないから相手に合わせられてしまう。
その無自覚な「あざとさ」を土星の引力に重ねました。
ワンナイトラブに見えて、本人はそれを望んでいない
人間関係として考えたとき、一時は「ワンナイトラブに近いのかもしれない」と考えました。
誰かが近づく。
触れる。
一瞬だけ熱が生まれる。
でも、朝には誰もいない。
ただ、土星本人が軽い関係を望んでいるわけではありません。
本当は、とどまってほしい。
誰かに自分を満たしてほしい。
それなのに、自分自身の境界線も、相手とぶつかるための軸もない。
結果として、どんな相手も通り抜けてしまう。
一過性の関係を選んでいるのではなく、一過性の関係しか残せない。
そこまで整理したとき、土星の孤独がかなり人間臭くなりました。
『Hollow Ring』から『Falling Through Saturn』へ
この曲には、完成前のタイトルがあります。
『Hollow Ring 〜軸なき私〜』です。
この段階では、「空っぽであること」と「軸がないこと」をそのままタイトルに出していました。
そこから歌詞をさらに整理し、最終的に『Falling Through Saturn』になりました。
こちらの方が、作品の中心にある現象を直接表しています。
土星へ落ちる。
でも着地しない。
彼女に触れたつもりでも、そのまま通り抜けていく。
タイトルそのものが、関係の終わり方になりました。
ベースは落ち続け、ピアノは浮いたまま
完成した曲は、BPM70、F minor。
Downtempo Alternative Rockをベースに、Trip-Hopの要素を入れています。
Mercury KissがBPM165で感情を振り回す曲だったのに対して、土星はかなり遅い。
ただし、止まっているわけではありません。
重いベースラインは、ずっと下へ向かいます。
その上で、リバーブの深いピアノだけが重力から外れたように漂っています。
| 要素 | 『Falling Through Saturn』での役割 |
|---|---|
| 下降するベース | 終わらない落下、強すぎる引力 |
| リバーブピアノ | 空虚、浮遊感、つかめない存在 |
| BPM70 | 抵抗する力さえ薄い受動的な感覚 |
| 女性ボーカル | 拒絶せず、静かに見送る土星本人の視点 |
| F minor | 暗く沈んだ全体のトーン |
速い展開で悲しさを押し出すのではなく、抗えないまま沈んでいく。
音楽そのものを「落下運動」に近づけることを意識しました。
静かに触れても、優しく抱いても、激しくぶつかっても
MVでは、一人の相手だけではなく3人の男性を登場させました。
全員、彼女への近づき方が違います。
男1は、クールで都会的な人物。
静かに距離を縮め、スマートに彼女へ触れます。
男2は、穏やかで優しい人物。
相手を信じ、きちんと抱きしめれば関係を作れると思っています。
男3は、衝動的なアーティスト系。
言葉や感情を強くぶつけ、一瞬でも彼女の内側に触れようとします。



でも、結末は同じです。
静かに触れても、落ちる。
優しく抱いても、落ちる。
激しく感情をぶつけても、一瞬熱を持つだけで、最後には落ちる。
3人の男は、彼女の恋愛遍歴というより、「違う方法で近づいても結果は変わらない」ことを見せる3つの実験です。
MVでは、音の「落下」を本当に映像にした

MVは全26カット。
大きく4つに分けました。
| 構成 | 映像 | 色 |
|---|---|---|
| 起 | 完璧なリングと、惹きつけられる男 | 金・琥珀 |
| 承 | 触れようとすると、関係ごとすり抜けて落下する | 灰・青 |
| 転 | 激しい感情と摩擦熱が一瞬だけ生まれる | 赤 |
| 結 | 全員が消え、何も残らない場所へ戻る | 黒 |
冒頭は、遠くから見た美しい土星です。
そこからリングへ近づくと、完璧に見えた輪が無数の破片でできていることを見せます。
人間関係でも同じです。
遠くから見れば、彼女はきれいに見える。
近づいたときに初めて、何かが欠けていることに気づきます。
そしてサビでは、本当に床を消しました。
男は彼女を抱いているはずなのに、足元がなくなり、そのままガスの海へ落ちていきます。
歌詞で使った「受け止める底がない」を、そのまま映像の物理現象にしました。
一瞬だけ生まれる「摩擦熱」も、救いにはならない
3人目では、それまでより強い感情をぶつけます。
触れるだけでも、抱きしめるだけでも駄目なら、激しく衝突すれば何かが残るかもしれない。
そこで映像の色も、一度だけ赤く変えました。
歌詞にもある「摩擦熱」です。
でも、それも長くは続きません。
熱は消える。
相手は手を離す。
そして、また落ちていきます。
激しい関係なら空虚を埋められる、という解決にはしませんでした。
最後に彼女は、誰にも手を伸ばさない
MVの終盤では、通り過ぎていった3人の男を幻影としてもう一度出します。
彼らは現れて、また消える。
土星はそれを見ています。
でも、手を伸ばしません。
追いかけもしません。
彼女が冷酷だからではなく、最初からそれしかできない人物として作ったからです。
来る者を拒まない。
去る者も追わない。
そして最後に残るのは、土星本人と、底のない空間だけです。
このMVで一番怖いのは、誰も悪くないことかもしれません。
「土星に底がない」は、作品上の比喩
ここは制作記録として、ひとつ補足しておきます。
曲では「コアがない」「底がない」といった言葉を、自分自身の軸がないことの比喩として使いました。
ただし、実際の土星に中心部が存在しないという意味ではありません。
土星には高密度の中心部があると考えられています。
一方で、地球の地面のように宇宙船が「着陸」できる固体表面はありません。
NASAのSaturn Factsでも、土星には明確な固体表面がないことが説明されています。
この作品では、その「降り立てる場所がない」という特徴を、人間関係の「受け止める場所がない」へ変換しています。
完成したサムネでは「受け入れるだけで、何もない私。」になった
本編のサムネイルでは、作品全体を「受け入れるだけで、何もない私。」という一文にまとめました。
MVの中では3人の男が登場し、リング、落下、ガス、摩擦熱といったモチーフを使っています。
でも、そのすべてを説明する必要はありません。
この人物の一番大きな特徴だけ残すなら、この一文で十分でした。
完成したMVはこちらです。
縦型では、さらに静かな土星になった

縦型サムネイルでも、コピーは同じです。
ただ、こちらでは土星本人を正面から大きく見せています。
派手なアクションも、落下する男もいません。
ただ彼女が立っている。
その方が、この作品の「何も起こしていないのに関係が壊れていく」感じには合っていました。
作った順番を振り返ると、「落下」より先に「空虚」が残った
『Falling Through Saturn』も、最初からすべて決まっていた作品ではありません。
| 段階 | 変化 |
|---|---|
| 土星 | 重力とガス惑星から「落下」を発想する |
| 視点変更 | 落ちる人ではなく、落ちていかれる土星本人を主人公にする |
| 人格 | 空っぽで軸がなく、誰でも受け入れる女性になる |
| 音 | 下降ベースと浮遊ピアノで落下と空虚を分離する |
| MV | 3種類の男性を登場させ、どんな近づき方でも落ちることを描く |
| 結末 | 誰も悪者にせず、彼女だけが同じ場所に残る |
最初に目立っていたアイデアは「落ち続ける映像」でした。
でも作り終わって残ったのは、それよりも彼女自身の空虚さだった気がします。
何でも許すことが優しさとは限らない。
相手に合わせ続けることが、関係を続けることとも限らない。
自分の地面がなければ、相手もそこに立つことができない。
土星という天体を人間に置き換えた結果、最後にそんな人物が残りました。
まとめ――受け入れるだけでは、誰も残れなかった
『Falling Through Saturn』は、COSMOS第9曲です。
最初は土星へ落ちていく人間を描こうとしていました。
そこから視点を反転し、土星そのものを一人の女性にしました。
誰も拒絶しない。
誰にでも合わせられる。
だから人は近づいてくる。
でも、自分自身の境界線がないから、誰ともぶつかれない。
静かに触れた男も、優しく抱いた男も、激しく感情をぶつけた男も、最後には全員落ちていきます。
そして彼女は、同じ場所に残ります。
受け入れることと、受け止めることは違う。
土星の「着陸できる地面がない」という特徴から始めて、人間関係まで持っていったのが『Falling Through Saturn』でした。
COSMOSを続けて読む
前の制作記録:水星 / Mercury Kiss

次の制作記録:金星 / Venus Flytrap




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